マーベル新作『アイアンハート』:未知のヒロインへの賭けは実を結ばず

期待された技術の象徴、しかし…

マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)の最新作『アイアンハート』で主役を務めるリリ・ウィリアムズは、自ら開発したアーマースーツを単なる「アイアンマンの後継」とは考えていない。彼女は、自らのテクノロジーが「世界を変える」「象徴的な存在になる」と何度も語っている。

だが、残念ながら本作は「象徴的な作品」にはなりそうにない。MCUの過去の構想に基づいて制作された数少ないシリーズの一つでありながら、リリという主人公の魅力は今ひとつ。興味深い脇役や設定はあるものの、物語の展開は不均衡で、最終話は「この先も彼女の冒険が続くならば意味を持つ」といった終わり方に。だが今のところ、リリが再び主役になる可能性は極めて低い。

リリ・ウィリアムズの誕生背景

リリ・ウィリアムズが初登場したのは2016年のマーベル・コミックス。当時、トニー・スタークは一時的に「死亡」しており(もちろんコミック基準の話)、その代役として二人の人物が登場する。一人はドクター・ドゥーム、そしてもう一人がMITに通う天才工学少女リリだった。彼女は大学の部品を盗んで独自のスーツを開発。かつてはトニー・スタークを模したAIをスーツに搭載し、戦闘中に仮想のトニーと会話するシーンも描かれていた。

開発遅延と変化するマーベル戦略

2020年末に『アイアンハート』の制作が発表され、ドミニク・ソーンが主役に抜擢。しかし、パンデミックやハリウッドのストライキ、そしてマーベル・スタジオ内部の混乱もあり、番組の公開には4年以上かかった。その間、ソーンは『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』(2022年)で先行登場している。

現在、MCU全体としては「量より質」へと方針を転換。過去に進められていた作品群は次々と整理されている。『アイアンハート』や『ワンダーマン』など一部の作品がかろうじて制作を続けられたのは、計画の変更前にすでに進行中だったためであり、マーベル代表ケヴィン・ファイギが「お蔵入り」を避けたからに過ぎない。

ヒーローの旅立ちと成長の欠如

神話や文学における「英雄の旅」は、平凡な日常から冒険の世界へと踏み出し、試練を乗り越えた末に成長して帰還するという構造を持つ。MCUではアイアンマン、ソー、キャプテン・マーベルなどがまさにこの型を体現してきた。

『アイアンハート』もその構造をなぞるように始まる。MITの天才学生リリは、「ゲイツ、ジョブズ、ピム、スタークを超える存在になる」と豪語するが、学内での問題行動により退学。試作品のスーツを盗んでシカゴへ戻るところから本編が動き出す。

彼女の自己中心的で自信過剰な性格はトニー・スタークを彷彿とさせるが、決定的に異なるのは「持てる者」と「持たざる者」の格差。トニーは莫大な資産を持つ白人男性だったが、リリは経済的に困難な黒人女性。ここにリアルな壁が存在する。

悪魔の誘惑と物語の限界

リリの前に現れるのが、アンソニー・ラモス演じるパーカー・ロビンズ、別名「ザ・フッド」。彼はリリに「資金提供」と引き換えに、自らの犯罪組織に参加するよう提案する。これがリリにとって最初の“悪魔との契約”だ。

だが、その後の展開は平凡で、スーパーパワーが介入してくる要素もリリの変化や成長にはつながらない。全6話を終えても、彼女はあまりに変わっておらず、「学び」を経たヒーロー像には程遠い。

まとめ:ヒーロー作品としての課題

『アイアンハート』は、意欲的なテーマや設定を取り入れながらも、主人公の描写と物語の構成において大きな課題を残した作品となった。MCUの一時代を象徴する試みではあるが、視聴者の心に残る象徴にはなり得なかった。今後、リリ・ウィリアムズというキャラクターが再登場する機会があるかは不透明だが、少なくともこのシリーズ単体では、その可能性を十分に引き出せなかったと言えるだろう。